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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)6760号 判決 2000年7月13日

住所<省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

中井洋恵

住所<省略>

被告

つばさ証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

中井康之

森本麻維子

主文

一  被告は、原告に対し、四九万九五七八円及びこれに対する平成一一年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一一〇万一一七三円及びこれに対する平成一一年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告従業員の勧誘により、外国投資信託を購入したものの値下がりにより損害を被った原告が、右損害は、被告の適合性の原則違反及び説明義務違反によるものであるとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償及び損害額が確定した平成一一年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  原告の夫Bは、被告と証券取引を行っていたが、平成五年七月二日死亡した(甲七)。

2  原告は、平成一〇年四月二二日、被告従業員で、原告宅を訪れたC(以下「C」という。)の勧誘により、それまで有していたUNVトレンドの売却及び外国投資信託であるドレスナー・ハイ・イールド・インカム・ファンド(以下「本件投資信託」という。)二二〇〇口の買い付けを注文した。右買い付け代金三〇五万六一三〇円は、UNVトレンドの売却代金を充てた(乙二)。

3  原告は、同年五月七日、Cに対し、ドレスナー八〇〇口の買い付けを注文し、同月一三日、自宅を訪れたCに対し、買い付け代金一一三万四五〇〇円を交付した(乙二、弁論の全趣旨)。

4  原告は、平成一一年四月一日約定で、ドレスナー三〇〇〇口を売却し、その代金は二九九万〇七六〇円であった(乙二)。

5  原告は、ドレスナーの分配金として、合計二〇万〇九二三円を受け取った(乙二)。

三  争点及び争点についての当事者の主張

1  本件投資信託の買付けを原告に勧誘するのは、適合性の原則に違反するか。

(原告)

本件投資信託は、一瞬にして一〇〇万円も暴落するハイリスクな商品であること、投資対象は外国債券であり、投資判断のための情報を得ることは通常の者では困難であること、投資対象の債券の動きのみならず、為替の変動も関連する複雑な商品であることに照らすと、原告のような高齢で、仕事にも出たことはなく、経済活動といえば預貯金程度の専業主婦で、かつ、夫を亡くして年金生活をしており、多額の余裕資金を有しない者に対して買付けを勧めるのは適合性の原則に違反する。

(被告)

本件投資信託は、一定のリスクを孕んではいるが、主たる投資対象は、あくまで高利回りで利率の安定した債券であり、元来高齢者や主婦に勧めることが許されないような危険なものではない。しかも、毎月定期的に分配金が支払われることから、被告が年金類似の機能を営むものとして高齢者層を視野に入れた販売を考えていたことについても、常識的に予測できる範囲の為替相場、債券相場の変動を前提にする限り決して不当ではない。また、原告は、本件投資信託以前にも投資信託を買い付けたことがあり、本件投資信託の原資の四分の三は従前保有していた証券の売却代金であり、右売却した証券の購入代金の八割は亡夫名義の口座の解約金であることからも、原告の資力に比して著しく過大な投資を勧めた状況もない。

2  説明義務違反の有無

(原告)

Cは、本件投資信託の勧誘に当たり、毎月利息を受け取れる旨利息の点のみに重点を置いて説明したものであって、元本割れの危険性があることなどの本件投資信託の内容について、かみくだいて説明することはなく、また、説明のための目論見書も交付せず、交付したのは、取引の成立後であった。

(被告)

本件投資信託の勧誘に当たり、Cは、原告に目論見書を交付したほか、様々な書類を示して、三〇分間も説明をしたのであって、利益のことばかりが繰り返されたとは考えられず、原告に対し、本件投資信託の内容について詳細に説明したものである。

第三判断

一  前提となる事実

証拠(甲七、甲八、乙一ないし四、証人C、原告本人)及び前記争いのない事実によれば、次の各事実を認めることができる。

1  原告は、昭和三年生まれで、二一歳でBと結婚し、結婚前も結婚後も就職したことはなく、平成五年七月二日に夫が死亡した後は、長男と二人暮らしであり、収入源は年金であり、証券取引に回せる余裕資金はさほどなかった。

2  原告の夫は、被告と証券取引を行っていたが、原告は、その詳細については知らなかった。

3  夫の死亡後も、原告は、夫の死亡を被告に伝えていなかったが、平成六年六月七日、夫名義で保管されていた公社債投信コースが売却され、右代金は指定されていた銀行口座に振込み送金された。

4  同年八月一九日、夫名義で保有されていた証券が合計一一六万九六六六円で売却され、同月二二日、ディーン・ウイッター・Fという投資信託が合計一一四万五三四六円で買い付けられた。

5  平成八年九月一一日、原告は、夫名義の口座の解約を申し入れ、夫名義で保有されていた証券すべてが合計二三五万九六〇四円で売却された。

6  原告は、同月一八日、被告との取引口座を開設し、同日、5の代金全額が出金され、原告の口座に入金された。原告は、これに六四万円余りを加えて、投資信託であるUNVトレンド三〇〇口を三〇〇万円で買い付けた。

二  争点1について

1  証拠(乙六、乙九)によれば、本件投資信託は、通常満期日の最終的な元本の返済がアメリカ合衆国財務省証券により担保されるブレディ債、同国の国債、同国政府機関証券、社債等に投資され、また、同一発行体の証券への投資が原則として一定割合に限定されていることが認められ、為替変動の影響を受けるなどリスクはあるものの、純粋な株式投資や転換社債等への投資に比較すれば取引の危険性は少ない。

2  証拠(乙二、原告本人)によれば、原告は、本件投資信託の買付資金のうち三一四万九七六〇円は、UNVトレンドを売却した代金であることが認められる。また、前記認定のとおり、UNVトレンドの買付資金の大部分は、夫名義の取引口座から出金したものである。

3  前記認定のとおり、原告は、専業主婦ではあったものの、夫から給与を渡され、生活費のやりくりなど家計管理を行っていた(原告本人)のであって、通常の社会生活上の経済知識はあったということができる。

4  以上の事実に照らせば、Cが原告に対し、本件投資信託の買付けを勧誘したことが、適合性の原則に違反するとまではいえない。

三  争点2について

1  証拠(甲六、甲八、乙六、乙一八、証人C、原告本人)によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) Cは、本件投資信託の発売後約三か月の分配実績が七・二パーセントであったことや円安傾向に照らして、国内の証券を保有したり、銀行預金をするより高額な利回りが期待できたことから、顧客に紹介しようと考えており、その一環として、平成一〇年四月二三日ころ、原告宅を訪問して、玄関先で原告に説明した。

(二) その際、Cは、本件投資信託の目論見書及び簡易に説明を記載した書類(甲六、乙六)を示して、分配金実績欄には丸をつけるなどして、毎月分配金が出ること、高利回りであること、当時円安の傾向にあり、さらに円安が進むと予想されていること、いつでも事由に売却できることなどを説明をし、原告が保有していたUNVトレンドを売却して、その売却代金で本件投資信託を購入してはどうかと勧め、その場合毎月いくらくらいの分配金が受け取れるかを試算して示した。

(三) 原告は、Cの説明が必ずしもよく理解できなかったものの、「そうですか」「そうですか」と言いながら説明を聞き、結局、月々利息がもらえるものであるという理解をし、UNVトレンドを売却した代金で二二〇〇口を買い付けることにした。

(四) Cは、UNVトレンドの売却及び本件投資信託の買付けの注文を出し、同月三〇日、差額である九万三六三〇円を原告宅に持参して原告に渡した。

(五) 同年五月七日、Cは、原告宅を訪れ、本件投資信託を八〇〇口追加購入すると、毎月の分配金が約二万円になるとして、その旨勧誘した。原告は、翌日Cからの電話に対して、八〇〇口追加する旨答え、貯金を解約して現金を用意し、自宅を訪れたCに渡した。

(六) 原告は、被告から送付される月次報告書について確認はしていたが、出費した金額である約四〇〇万円より下がるまで気に止めていなかった。

2  Cは、元本割れすることについても説明した旨証言するが、Cが原告に示した甲第六号証には、基準価額が上昇したこと、今後も市場の見通しは順調であること、分配金の実績が年七・二パーセントで推移していることなど、利益が上がるであろうことが強調されていること、前記のとおりC自身高利回りが期待できる商品だと認識していたことに照らすと、Cの説明は、本件投資信託の利点を強調し、危険性についてはさほど説明しなかったものと推認することができる。しかも、Cが、リスクを伴う旨説明したのみであって、たとえば損が出ることもあるなどとわかりやすい言い方はしなかった旨証言していることに照らしても、元本割れの危険性について原告が理解したとは認められない。確かに、パンフレット(乙六)には、元本が保証されているものではない旨記載されているが、その字体が小さい上、さほど証券取引の経験のない原告にとって、この記載からどの程度の危険性があるのかを理解するのは容易ではなく、しかも、Cの説明が利益の点に重点が置かれていたことに照らすと、なおさら、原告は、本件投資信託の元本割れの危険性についての認識はできなかったものと考えられる。

3  一般の投資家にとって、元本が保証されるか否かは、購入するかどうかの判断をする重要な要素である以上、勧誘する者としては、元本割れの危険性について明確にわかりやすく告知することが必要不可欠であると解されることに照らすと、Cは、原告に対し、本件投資信託の勧誘に当たり要求される説明義務を履行していなかったというべきである。

四  損害

原告の本件投資信託の買付け代金と売却代金の差額は、一一九万九八七〇円である。ところで、原告は、本件投資信託の分配金として合計二〇万〇九二三円を取得したが、原告は、不法行為の成否とは別に、本件投資信託を有効に取得したのであるから、分配金をも控除して清算した最終的な損害額をもって、被告の不法行為による損害というべきである。

五  過失相殺について

前記の原告の属性に照らしても、証券取引が預貯金に比べて危険性を有することは常識として認識すべきであること、本件投資信託を買い付ける適格性を有しないとまではいえないこと、原告は、Cの説明がわからないなら、質問をしたり、Cから受け取ったパンフレット等を検討したり、あるいは同居の長男に相談するなど必要な情報を得る方法はあったにもかかわらず、これらの手段を活用せず、安易に買付けの注文を出していることなどの事情を総合すると、本件投資信託の売買による損害の発生に関して、原告にも相当の落ち度があったというべきであり、原告の損害額から六割を過失相殺することが相当である。

したがって、原告が被告に請求し得る損害は、三九万九五七八円である。

被告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、一〇万円とするのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告の本件請求のうち、四九万九五七八円及びこれに対する不法行為の後である平成一一年四月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 森純子)

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